第三次世界大戦にも例えられる新型コロナウイルス感染症の拡大。社会が大きな転換点を迎えつつあることは確実であり、エネルギー・環境問題に関する政策や事業環境がどう動くのか全く不透明な状況になっています。
現時点で明確な見通しを示すことは不可能ですが、状況を整理し、あり得るシナリオを考えておくことが必要です。既に多くの方が“ビヨンド・コロナ”を議論し始めていますが、エネルギー・環境問題の今後について、エネルギー・アナリストの大場紀章さんと議論しました。まずは、「原油価格マイナスの衝撃」からスタートです!
【年初からの原油価格動向】
竹内:いやはや、まさかこんなタイトルで対談させていただく日が来るとは思いませんでしたね(笑)。中国の国家衛生健康委員会(中国の保健衛生当局)から世界保健機関(WHO)に対してアウトブレイクに関する報告がされたのは、今年の1月11日と12日だそうですが、その頃から徐々に中国経済への影響、それに伴うエネルギー消費量の変化が観察できた感じでしょうか?大場さんは年始からの原油需要の減少と価格の動きをどういう風にごらんになっていましたか?
大場:まだその頃は、コロナのことで石油業界が大変な事になるということに気がついている人は少なかったように思います。今年1月上旬は、1月3日にイランのソレイマニ司令官がアメリカ軍によって殺害され、アメリカとイランの緊張が高まっていた上に、リビアでの内戦が激化しており、そうした地政学的リスクによって原油価格は上がると言われていました。中国での新型コロナウイルスの話題が気にされるようになったのは1月下旬頃で、当時ゴールドマン・サックスのアナリストは3ドル/バレル程度原油油価格を下落させる影響があると分析していました。
感染の広まりが知られ、中国の石油需要が落ち込むと共に、2月末までに10ドル/バレル以上下落していましたが、マーケットは中国での封じ込めが成功してV字回復するタイミングを議論するという楽観的な雰囲気で占められていました。それが、3月6日に行われたOPEC+会合でのサウジアラビアとロシアが協調減産合意で決裂し、その直後にサウジアラビアが増産を発表したことで一気に値崩れしました。おそらくこの時点でも、サウジアラビアやロシアは新型コロナの影響を軽視していたと思います。そしてその後、欧米や日本でも感染が広がり、小中学校の休校やロックダウンなどがなされるようになり、さらに原油価格は下落します。
その頃から、石油関係者の中から「原油価格がマイナスになるかもしれない」という話がちらほら出るようになっていました。既に、アメリカ国内のローカルな原油現物取引の市場で1〜4ドル/バレルといった低価格の取引が行われるようになっていました。
その理由は、新型コロナウイルスの蔓延を抑えるために、世界で広く経済活動の自粛が行われた結果、自動車の利用量が大幅に減り、石油の在庫が積み上がって引き取り手がつかない状態になりつつあったからです。
私としては、理論上はマイナス価格もありうるが、せいぜいローカル価格で瞬間的に実現するレベルであってWTI(世界の原油価格の指標として用いられるテキサス州を中心に産出される硫黄分の少ない原油の先物)までマイナスになるとは正直想像していませんでした。ところが4月20日(日本時間では4月21日早朝)にマーケットの状況を見ていたら、1ドルを割り込み、1セントに張り付き、さらにはマイナス価格に突入したわけです。あるチャートではマイナス価格を想定していなかったようで画面表示がエラーになって、まさか?!という感触でした。結局、一時マイナス40.32ドル/バレルという歴史的低水準までいきました。終値は、始値の17.73ドル/バレルからおよそ300%下落のマイナス37.63ドル/バレルです。石油は高価なものだったはずが、マイナス価格ということはむしろ廃棄物としての扱いですよね。歴史的な出来事として注目が集まった瞬間でした。
竹内:私はさすがにそんな深夜にリアルタイムでマーケット情報を見ていたわけではないのですが、21日のニュースで知り、最初は報道を疑いました。日々安値更新のニュースは聞いていましたが、さすがに「油一滴、血の一滴」といわれる原油がまさかマイナス価格にまで落ち込むとは、でした。
あ、ちなみに水力発電の関係者は「水一滴、血の一滴」と言うんですよ。使わせてもらう水は一滴として無駄にせずエネルギーに変えよう、という言葉です。
話がそれましたが、その時の衝撃をすぐnoteにまとめていらっしゃいますよね。改めてなぜこのような値動きになったかの整理をお願いできますか。
大場:最大の理由は、原油の生産というのは意外と短期的な調整が難しいということです。これは後でまた詳しくお話したいと思いますが、在庫のキャパシティーを超えそうになってしまうということで引き取り手がいなくなりました。これに加えて、未熟なトレーダーの存在と、取引へのAI導入という2つを指摘したいと思います。まず未熟なトレーダーについてですが、今回マイナス価格をつけたのは、先物取引の価格です。先物取引とは、特定の価格で売買する「権利」を売買するわけですよね。ある期限が来ると本当に買うかどうかを決めなければならない訳ですが、投資ファンド等は買う権利を売買するだけで、実際に現物は買いません。その期限ぎりぎりまで権利を保持してしまった未熟なトレーダーが投げ売りしたという要素もあるとマーケット関係者のSNSではささやかれていました。
もう一つの取引へのAI導入ですが、「アルゴリズムトレード」といってプログラムの指示でトレーディングする量が増えてきています。このプログラムの想定を超える事態になると。異常な値動きが起きてしまうことがあり得るんです。NYの原油市場は売買の意思決定の7割以上はプログラム売買ですので、この影響もあるだろうと見ています。 急激な需要減という背景の下で、この2つの影響が重なることで、値動きが増幅されてしまった。
竹内:なるほど。それは10年以上原油取引をウォッチしてきた大場さんならではの視点かもしれませんね。ただ、いずれにしてもこのマイナス価格が持続する訳では無く、異常事態が発生したということですよね。基本的にこれから原油を掘り出すコストと言うのは上がっていくと理解しています。リーマン・ショックなどのような景気後退があれば当然その時期は需要が縮小しますし、あるいは電気自動車の普及(EV化)が進めば長期的な縮小もあり得るわけですが。この異常事態が起きた最大の理由は、需要の瞬間蒸発と表現されるほどの急激かつある程度継続的な需要減少と、先ほどおっしゃった、原油生産は調整ができないということですよね。
【生産調整ができない理由】
大場:その通りです。まず需要ですが、世界全体で30%程度減少しています。それも数週間のうちにです。原油需要の急激な減少と言うと、リーマン・ショックが直近の経験ですが、あの時でさえ原油需要の減少は1ヶ月で3%程度でした。
しかもご指摘の通りそれがある程度持続しています。1日だけガクッと減るのであればタンクにその分を貯めておけばよいだけなので、在庫で吸収できます。短期的な需給調整はタンクで行い、長期的な需要変動は開発投資で行うというのが石油産業の特徴です。短期的な需給調整のために生産調整を行うということは、事業者からすると極力避けたいことなんです。
どんどん出てくるものを貯め続けるなんて、福島の処理水を見ても明らかですが、限界がありますよね。5月中旬に世界的にタンク容量の限界が来ると言われています。
竹内:そういえば、タンク容量の限界が近づいているので、タンカーも争奪戦になっているそうですね。
大場:はい、でもタンカーのキャパシティーなんて、陸上のタンクに比べたら大したことないんです。それでも予約でいっぱいで、サウジアラビアが巨大タンカーすべて買い占めており、しかもそのタンカーを米国に向かわせています。トランプ大統領はそれに高関税をかけようとしていると報じられていますが。
竹内:本題の生産調整ができないという点を補足いただけますか?詳しくは大場さんのnoteを読んでください、かもしれませんが(笑)。
大場:宣伝していただいてありがとうございます(笑)。イメージを掴んでいただけるようにお伝えすると、普段石油生産しているときには油が岩石の中を動いています。それが生産停止をして油の流れを止めてしまうといろいろ不具合が起こります。水を油田に注ぎ込んでいるので、岩石がその水を吸って隙間が狭くなったり、水にの流れに乗って出てくるはずの油が岩石にくっついてしまったり。実際に何が起きるかは地層など様々な条件で異なりますが、一般論として、一旦止めると再度動かしたときに同じ挙動をするかどうかはわからないのです。イラク戦争などでやむを得ず生産停止した例はありますが、もとの生産量に戻らなかったり、戻すのにものすごいコストがかかったことが多いので、事業者は極力避けたい。従って、生産調整はできるだけ他の人にやってもらいたいわけです。
竹内:なるほど。電気は大規模に貯める手段がない分、発電設備の稼働を瞬時瞬時でコントロールして需給を「同時同量」にする訳ですよね。再生可能エネルギーにより発電量が需要を上回ってしまった場合には、それこそマイナス価格で取引される事態になることが出てきた訳ですが、石油もタンクのキャパシティー分以上の調整は基本的にできないというか、したくないものなんですね。
最後の「他の誰かにやってもらいたい」は温暖化の国際交渉と似ていますね。地球の温暖化なので、誰かが減らせばよい。となると口では勇ましいことを言っても、各国とも裏では「そちらが減らせ」「いや、そちらこそ」とやっていますので(笑)。
(続く)