談論風発

【緊急企画】コロナ・ウイルスで、エネルギー・環境問題はどう動く? U3イノベーションズとエネルギー・アナリスト大場紀章さんが考えるビヨンド・コロナ 第2回 温暖化政策の今後と再エネ投資①

新型コロナウイルス感染症が拡大する以前は、気候変動問題に対する社会の関心が大きく盛り上がり、本年1月に開催されたダボス会議でも「気候変動問題を口にしなかった人はいなかった」と言われたほどでした。わが国でも再生可能エネルギーに対する期待やESG投資の促進に関する報道を目にしない日はなかったほどです。しかし、コロナ・ショックにより、社会が大きな転換点を迎えつつあることは確実であり、エネルギー・環境問題に関する政策や事業環境がどう動くのかについても全く不透明な状況になっています。「原油価格マイナスの衝撃」に続いて、温暖化政策の今後や再生可能エネルギー投資の動向について、エネルギー・アナリストの大場紀章さんと議論しました。

【各国の温暖化政策はどう動くのか】

竹内:昨年12月にスペインのマドリードで開催されたCOP25にはグレタさんはじめ有名なセレブリティが多く駆け付け、枠組み設計に向けた交渉には大きな進捗は無かったものの、イベントとしては大きく盛り上がりました。また、今年1月に50回目となる会議を開催したダボス会議では、「気候変動」と「ステークホルダー」の2テーマが中心となって議論され 、「この二つの言葉を口にしない参加者はいなかった」と振り返る参加者の声も伺いました。

しかし、このコロナ・ショックによりかなり雰囲気が変わってきていることも確かです。今後各国の温暖化政策がどう動くかについて、ここからお話をして行きたいと思います。

大場:その点は竹内さんの方が専門家でしょうが、確かにEUを筆頭に低炭素化を政策の柱に掲げていた国もありましたが、ここまで経済が痛み、失業者が大量に発生するということになれば、普通は「それどころじゃない」となるのではないでしょうか。

竹内:その可能性は大いにあると思っています。コロナ前の動きですが、欧州は2019年12月に「欧州グリーンディール」を公表し、2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにすること(クライメイト・ニュートラル)を目指すとしました。その実現に向け、本年1月14日には、今後十年間で官民合わせて少なくとも、1兆ユーロの持続可能性関連投資を動員することを柱とする「欧州グリーンディール投資計画」を発表しました。昨年11月にスペインで開催されたCOP25でも欧州グリーンディールに沿って欧州は取り組むということは度々言及されていました。

フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長は、「雇用を創出しながら、排出削減を促進する新しい成長戦略」と表現していますが、このコロナ・ショックの前でも、移行のコスト負担への懸念を示す向きは実は、特に東欧を中心に強くありました。そこに加えて、コロナによる急激な経済の悪化、特にCO2の排出量が多かった自動車産業や航空業界、鉄鋼などが壊滅的打撃を受けていますので、意見の隔たりが大きくなってきています。

大場:先ほどお話した通り、自動車産業が世界全体で抱える雇用は製造部門だけでもおよそ3000万人ですからね。ここに、職業ドライバー、ガソリンスタンド、整備工、アフターマーケット、などを加えればさらに数倍います。航空機メーカーのボーイングは一時政府に600億ドル(6.4兆円)もの支援を求め話題になりました(後に自力で社債により250億ドルを調達と発表)。航空会社も軒並み政府支援を要請したりしています。鉄道は顧客が急減しましたが、収益の柱が不動産事業である企業も多いので、損害の受け方が他の業種と少し様子が違うかも知れません。とにかく移動に関する需要は瞬間蒸発しました。その他、観光・飲食・小売など、移動が関わる産業は軒並み厳しいですよね。

竹内:はい。ですので、例えばチェコのバビス首相は「ヨーロッパは今、グリーンディールを忘れて、代わりにコロナウイルスに焦点を当てるべきだ」と明言したことと報じられています。彼はもともと自国のエネルギー政策が、EUの気候変動政策に縛られることに対しての反発があるのかもしれません。チェコでは原子力発電所の新規建設が計画されているのですが、EUの国家補助ガイドラインに抵触するか否かの確認に時間がかかることに対して、「エネルギー安全保障は私たちの優先事項」であり、「たとえ欧州法に違反したとしても、老朽化した石炭火力発電所や原子力発電所に代わる、新たな原子力発電所を建設しなければならない」と述べたとも報じられています。

とはいえ、バビス首相のような動きを、EUの中では貧しい一部の東欧の反発と片付けて良いかというとそうでもないのかもしれません。ドイツ最大の州であるバイエルン州のゼーダー首相が、炭素税と再生可能エネルギー補助金の停止を求めたとの報道もあります。バイエルン州は3月20日、同国初の封鎖措置を発令した州ですので、それだけ影響が甚大なのかもしれません。

やはり今回のコロナ・ウイルス感染症の急拡大に際して、EUは結束を示せなかったのだと思うんですよね。イタリアのように医療基盤がぜい弱な国に対してEU各国はほとんど支援できなかったわけですよね。むしろ、イタリアの医療基盤が脆弱になっていたのは、ドイツが旗を振った緊縮財政のせいだとして、ドイツに反発を持っている国民も少なからずいるようです。これは、イタリアに住む友人からの伝聞であり、ちゃんとした調査ではありませんが。

中国は今回のウイルスの発生源としての汚名を払しょくしたいので「マスク外交」に熱心ですし、SNSも戦略的に活用しているようです。報道にもありましたが、イタリアではTwitter上で、ボットによる発信と思われる中国に対する謝辞が多くあがっていると言います。今は世論もSNSで作り出せる世の中でもあり、こういう危機に際して人々の心がささくれ立ったときには、容易に煽動できるのだろうと思うと怖いですね。逆にEUに対しては批判的なコメントが多くでているようで、コロナウイルスはEUというものへの価値観も揺るがしかねないのかもしれないと思っています。

大場:今回の発生源は中国なので、中国が汚名を払拭したいという気持ちは理解できます。米国は陰謀論かと思うほど、中国責任論を強調してきていますからね。EU各国がイタリアを支援しなかったことはとても残念でした。結束力がなかったのか、単に甘く見ていたからなのかは分かりませんが、武漢での感染が収束した後の日本や米国への第二波を生んだ責任は重いと思います。しかし、EUがコロナウイルスに対して結束して適切に対処できなかったとはいえ、気候変動に関する結束やモメンタムと言うのは衰えていないと見る向きもありますよね?

竹内:気候変動対策と言うのは、欧州というものの結束を維持するという役割もあると思っています。エネルギー政策は各国の主権にかかわる話ですが、気候変動政策となればEU全体の共通目標として議論できますから。そして、気候変動対策は欧州にとっては新たな宗教にも近いところもあります。抽象的な表現で申し訳ないのですが、こうした背景があると思っておくと理解しやすいように思います。

話が抽象的になってしまいましたが、欧州グリーンディールについても、「これまで通り推進すべき、Afterコロナの経済回復は、グリーンディール戦略と軌を一にすべき」という意見は多いですよね。サステナブル・ファイナンスの検討も進められていて、欧州グリーンディールを進めるに、金融システム全体の動きをサステナビリティの観点から強化する必要があるとして、欧州委員会が“Renewed Sustainable Finance Strategy”を策定し4月8日にパブコメを開始しています。ここまで経済が落ち込むと、相当公共投資なども行われると思うのですが、「グリーン」を軸としたものにしようというのは当然の発想ですよね。フォン・デア・ライエン欧州委員長は就任前から環境政策重視を掲げていますし。5月6日に行われたEUと西バルカン半島のサミットに続く記者会見の中で、「EUの投資計画自体は、地域をつなぐために必要な交通・エネルギーインフラに焦点を当てたものであるが、欧州連合の主要政策である欧州グリーンディールやデジタル移行にも焦点を当てたものであり、これもまた欧州連合の復興の中心となる。」とコメントしています。

金融機関が長期的な視点を取り込んでいこうとする動きは変わらないと思いますが、足元では、イングランド銀行が気候変動が金融システムの安定性に与える影響に関するストレステストの実施を延期するなどの動きは出てきています。ESG投資と言いつつ、E(環境)とくに気候変動に偏っていたようにも思えるこれまでの議論のリバランスは若干進むのかもしれません。

大場:EU以外の状況はどう見ますか?

竹内: 米国は大統領選挙の結果次第で、大きく状況が変わりますよね。ご承知の通り、民主党のバイデン候補はパリ協定への復帰を公約に掲げています。今年11月に英国で開催される予定だったCOP26は延期が決定しましたので、もしかしたらCOP26は米国が政権交代した状態で開催されるわけです。一旦離脱した、世界第二の排出国が復帰するということは、気候変動対策に対するモメンタムを大きく盛り上げることになるでしょう。

それに加えて、中国は今後あらゆる場を通じて、「イメージアップ大作戦」を展開してくるでしょうから(笑)、気候変動に対しても前向きな姿勢を見せてくる可能性は高いと思っています。具体的には、パリ協定に出した目標の引き上げですね。そもそも、以前から指摘している通り、今中国が出している目標は「2030年までに2005年比でGDP当たりのCO2排出量を60~65%削減。2030年頃にCO2排出のピークを達成」というのがかなり緩いものであり、コスト負担ゼロで達成できる可能性も指摘されていました。しかもこのコロナで相当排出量が減少していますから、さらに高い目標を出せる余地はあるわけです。(図1参照)

2030年における約束草案のCO2限界削減費用の国際比較
出所:地球環境産業技術研究機構(RITE) システム研究グループ グループリーダー秋元圭吾氏

欧州がグリーンディールを堅持し、米国が政権交代してパリ協定に復帰し、中国も目標値を引き上げるということになれば、afterコロナの世界の軸はやはり低炭素、脱炭素ということになるでしょう。

ちなみに日本も4月27日に開催された経済財政諮問会議で短期と中長期の対策について委員から意見が出されていましたが、Afterコロナにおいては「デジタル化・グリーン化を通じた地域への投資促進」や「世界の気候変動対策に日本が貢献していく」ことが必要だとして、電化の重要性および再エネへの投資促進などエネルギー問題の重要性にメンションしています。

(温暖化政策の今後と再エネ投資② に続きます)

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