戸田 直樹:U3イノベーションズ アドバイサー/Utility3.0共著者
東京電力ホールディングス株式会社 経営技術戦略研究所
日経エネルギーNextに11月2日付で「容量市場、初回結果を金融理論から検証する 初回容量価格は卸電力市場の水準と整合しない」と題する記事が掲載されました。実はこの記事、タイトルを見てすごく期待を持って読み始めました。読み始めてすぐ「オプション価値」という言葉を見つけて、期待はますます高まりました。しかし、結果的には残念な記事でした。
私もkW価値はオプション価値の一種であると思っており、そのように講演などでお話したこともあります。ただし、この場合のオプションの意味合いは「使いたいときに電気が使えないリスクをヘッジする」ということです。この観点で書かれた論文を数年前に探したことがありますが、残念ながらヒットせず、同じ公共経済学の近いところで、交通経済の論文でオプション価値を扱ったものをいくつか見つけています。「田舎の路線バスを維持することのオプション価値」といった取り上げ方でした。自家用車という代替手段が主流となる中で、いざという時のために路線バスを廃止せずにおくことの価値をあつかったものです。
これのアナロジーで電気のkW価値を評価すると「年間最大需要時にそれに相当する量の電源が存在していることの価値」ということになります。路線バスのアナロジーでいうと、非常時のために予備力を備えている価値と考える向きもありそうですが、電気は同時同量の制約があり、この制約が満たせないとシステム全体が崩壊してしまう点でバスとは違います。なお、念のため申しますが、ここでいう電源はデマンドレスポンスなども含む概念です。
他方、この記事では、将来のkWhの価格変動リスクをヘッジするという意味で、オプションという用語を使っているようです。もちろんそのようなデリヴァティブ取引は存在しえますが、それはkW価値とは全く違うものです。もっとも、kWh市場が適切に価格スパイクが生じて、電源の維持管理費が賄える価格水準を発現しているのであれば、「容量市場で発現するkW価値=kWhの価格変動をヘッジするオプション」と言っても差し支えありません。
しかし、今のkWh市場価格は、大手電力が自主的取り組みと称して、短期限界費用による市場投入を継続していることにより、電源の維持管理費が賄える価格水準から遠いところにあります。そのようなkWh市場の価格変動を基にオプション価値を算定して「今回の(容量市場)価格が本来価格とかけ離れている(=高すぎる)」と主張されていますが、この算定結果はむしろ「今のkWh市場価格は安すぎる(=よって容量市場が必要である)」ことを示すものです。
なお、この記事について次のようにツイッターでつぶやいている方がいらっしゃいました。金融理論に詳しい方とお見受けしました。金融分野の方にはこの説明が分かりやすいのかなと想像しますので、紹介しておきます。
『この記事は、金融取引と容量市場の性格を誤解していると思います。金融取引でも将来の価格リスクのヘッジ取引(フォワードやオプション等)や将来の資金調達そのものの(アベイラビリティ)リスクヘッジ取引(コミットメントライン等)があり、これを容量市場取引に当てはまると後者になりますが、この記事では前者の中のオプション理論を使っています。ちなみに、後者のコミットメントラインのプライシングロジックに確立されたものはありませんが、敢えて理論的に言うと、(バーゼルの規制とは異なったアプローチですが、)例えば、いざという際の資金準備にかかるコスト等から算出する手法などが考えられ、容量市場が発電所の建設維持コストから価格を出していることに整合します。電力市場にはフォワード(先渡)はありますがオプション取引がないので、記者の方が履き違えられたのでしょうか。』
以上のようにこの記事は残念な記事でありました。私が当初期待していた「使いたいときに電気が使えないリスクをヘッジすることの価値」にオプション理論を適用する論文については、今後を期待したいと思います(自分でやれと言われそうですが・・)。