談論風発

SDGsは未来を変えるか(前半)

今回の談論風発でお話を伺ったのは、AIの活用で社会の効率化を目指すシナモンAI取締役会長にして、鎌倉市の参与も務めておられる加治慶光さん。

今まで数々の民間企業のブランディングや事業開発に携わり、2011年1月から内閣官房官邸国際広報室で日本のブランディング戦略の担当者として始動した直後に東日本大震災を経験。国際社会への説明責任を必死で果たす日々をすごしたのち、多くの多国籍企業が日本の未来を疑問視するなか、、「今こそ日本に恩返しをしたい」と福島県会津若松市にイノベーション実証の拠点を設ける決断をしたアクセンチュア株式会社の心意気に興味を惹かれ任期満了後の2014年2月から同社のチーフ・マーケティング・イノベ―ターを務められました。

U3イノベーションズの共同創業者・代表取締役である伊藤剛は2012年からアクセンチュアで戦略コンサルタントを務めており、竹内純子も2014年から17年までの3年間、アクセンチュアの外部アドバイザーとしてご縁を頂いたことがあり、U3イノベーションズ創業前から我々のメンターのような存在です。

社会のサステナビリティを考え続けてきた加治さんに、日本社会におけるSDGsの認知や取り組み、エネルギー業界への期待を伺いました。

<人類全体としての目標 ”SDGs” が掲げられるまで>

竹内:加治さんは2011年に内閣官房の国際広報室参事官として「日本のブランディング」に関わるようになられ、幅広い業務の中の一つに、MDGs達成に向けた日本の貢献を訴求するという役割もあったと伺いました。その後コンサルティング・ファームのアクセンチュアではサーキュラー・エコノミーを提唱されたり、今はSDGS未来都市に指定された鎌倉市の参与として、地域からSDGsの達成を目指すサポートもしておられます。社会のサステナビリティを考え続けてこられたという印象です。

SDGsが急速に認知を高め、共通言語として機能するようになったと思う一方、「きれいごと」あるいは「総花的」といった批判や達成はどうせ無理という冷めた声があることも事実です。加治さんはMDGsからSDGsへの流れをどう見ておられますか?

加治:わが国がMDGsの達成にどう貢献するか、そしてそれをわが国のブランディングにつなげるために国際発信を強化しようということで、内閣官房の国際広報室参事官のポジションにご縁をいただきました。その直後に東日本大震災と福島原子力発電所事故を経験したので、攻めの広報から守りの説明責任に180度転換せざるを得なくなりましたが、エネルギーを使わざるを得ない、原子力に頼らざるを得ない人間社会の現状というものも実感しました。きれいごとではない持続可能性を考える機会をいただいたと思っています。

2013年の12月まで官邸にいたので、MDGsの展開やその後継がどうなるのかは興味を持ってみていましたが、SDGsの設計や議論のプロセスを見ていて、MDGsの概念をうまく発展させていて、「人類はやはり賢い」と感じました。

MDGsの課題は、「途上国の目標」が中心であったこと。その後継の目標にはもっと先進国を巻き込み、「人類全体の目標」にすることが必要だったわけです。SDGsの主に目標10以降や最後の目標17が謳うパートナーシップなどは、MDGsの時の発想にはなかったと思います。

採択文書の最後の方に「我々は地球を救う機会のある最後の世代になるかもしれない」という言葉がありますが、この通りで、「誰か」がやるということでは解決できない。世の中に広げるための仕掛けが必要だと認識したわけですよね。そのための仕掛けもあって、例えば、ロゴをフリーで使えるようにしていることもその一つだと思います。

ESGやSRI(Socially Responsible Investment)、サーキュラー・エコノミーと、様々な言葉で語られていた未来像が、SDGsによってまとまったゴールになったわけです。人々の中にバラバラに存在していた良心のかけらをつむぐことで、世界を変えるような大きなうねりにすることを構造的に目指し、その目論見には成功していると思います。もちろん、バックキャスティングですから多少理想主義ではあるけれどよくできているし、17もあってフォーカスが定まっていないというより、誰もが共感でき、しかも相互に関係しあった目標を網羅的にそろえたという表現が適切ではないでしょうか。

竹内:なるほど。ただ、これをお題目にしてしまうのではなく、目標に向かって進むことを仕組み化することが必要ですよね。要はビジネスに落とし込むというか。その手法の一つがサーキュラー・エコノミーだということでしょうか?

加治:その通りですね。サーキュラー・エコノミーの基本概念は、エレン・マッカーサー財団、アクセンチュア、マッキンゼーがWorld Economic Forumと一緒に創ったものですが、持続可能な社会に向けビジネスモデル化しようというのが共通認識でした。資源は有限で循環させていかなければ社会は持続できません。資源の消費と経済価値の創造を分離(デカップリング)すべし、との考えが通底しています。日本のモノづくりは本当に優れていると思いますが、完成形の商品しか出せないという思いが強い。でも世界はアップデートし続ける商品を求めています。企業がマインドセットそのものを変えなければならないと思っています。

<日本企業のマインドセット>

竹内:確かに日本の今までのモノづくりは、製品ができて販売されるところが頂点でした。テスラの自動車はソフトウェアがアップデートされ続けるけですよね。それを可能にする通信技術も普及し、M2Mコミュニケーションも一般化しています。マインドセットの転換が必要と言うのは仰る通りだと思います。では日本企業のマインドセットの転換は進んでいるのでしょうか?SDGsについての認知は急速に高まっていますし、トップの方が持続可能な発展について言及されることも増えましたが。

加治:今はサンドイッチのような状況ではないでしょうか。企業のトップは皆さん当然意識しています。なかにはミレニアル世代の若者から「バッヂおじさん」と呼ばれる層も発生しているらしいです。

竹内:バッヂおじさん?

加治:SDGsのバッチを着けてはいるものの、その意味や戦略性については深く理解ができていない、という中間管理職層ことを「バッヂおじさん」と言うんだそうです。形から入ることは重要だと思いますが、デジタルやグローバルな視点があたりまえのミレニアル世代からみると、表面的に見えてしまうそうです。この世代はむしろ当然のこととして考えています。例えば慶応大学の湘南藤沢キャンパス(SFC)では学生さんのSDGs認知率100%だと聞きました。加えて国内人口減少によりグローバル市場に目を向けている企業の経営者などは持続可能な社会への貢献を意識せざるを得ない状況になっています。この両者にはさまれてサンドイッチ状態になった、中間層の皆さんが悩んでおられるという状況なのだろうと思います。自分のラインのビジネスの短期的な目標を達成しなければならない中間管理職としては、整合性に悩むのは当然ですよね。でも、相反するものではなく、延長線上にあるものという理解がだいぶ広がりつつあるんじゃないかなと思います。

竹内:私も自分が中間管理職だったら、担当個所の業績と長期的なビジョンとをどう整合せさせるか悩むと思うんです。SDGsはバックキャスティングの考え方じゃないですか。「こうなりたい」「こうなっていなければならない」を掲げよう、そこから振り返って今、あるいは途中経過時点で何をしなければならないかという考え方ですよね。でも将来を予測するにはどうしても、現状からフォアキャスティングで考えることになる。バックキャストで描いたシナリオと、フォアキャスティングでの見通しがどうしても交わる見込みがないとなると、「できもしないことを『あるべき姿』として掲げることなんてできない」と思うことは、真剣にSDGsの達成を考えているからこそ出てくる当然の悩みだと思うんですよ。

「とりあえず言っちゃえ」という意見もあります。確実に手が届く目標を掲げるリーダーが魅力的かといえばそうではないし、チャレンジせねばならない状況に追い込まれるからイノベーションを生み出そうともがくこともあるわけですから。でもエネルギー問題は、コストが上がれば多くの貧困層をさらに困窮させることになりますし、供給が不安定になれば社会が大きな不安とコストを抱えることになります。バランスを考えると、どこまでいうべきか悩むというのはむしろ真摯な態度ではないかなとも思っています。この点いかがですか?

加治:なるほど。でも僕は、ギャップがあるのは当然で、バックキャスティングとフォアキャスティングのギャップが、イノベーションに向けた原動力なのだと思っています。ギャップがあるからこそ、イノベーションの必要性を認識し、努力を払うわけですよね。

イノベーションのヒント イメージ図(加治氏提供資料)

竹内:私もそう思うのですが、温暖化の世界などでは、イノベーションの必要性を言うと、「イノベーションに逃げるな」と言われたりするんですよ。

加治:それはどういう意味で言われているのでしょうか?

(後半に続く)

Opinion & knowledge

記事一覧へ戻る