寄稿

今冬の電力需給逼迫をどのように見るべきか(その1)

市村 健:エナジープールジャパン株式会社 代表取締役社長

(エネルギージャーナル社『環境とエネルギー』2021年2月18日付からの転載)

コロナ禍が一向に収まらない中の年末年始から一か月にかけて、電力関係者にとっては稀に見る危機的状況が続いた。主観ではあるが、2011年東日本大震災以降では最も過酷な系統運用だったと感じている。仕事柄、各電力会社の「でんき予報」は毎日チェックするが、異変を感じたのは1月3日だった。東京電力PG管内の予備率が、正月三が日の日曜日であるにも関わらず5%を示していたからだ。業界の常識では、正月三が日とゴールデンウイークは電力需要が少ないはず。が、その時期に予備力が「厳しい」に該当する5%というのは異常だ。いったい何が進行していたのか。ここではその複合的な要因と、今後の対策を短期・中長期の視点で、二回に分けて考えたい。

近年度々起こるアワー不足

1月19日に開催された資源エネルギー庁「電力・ガス基本政策小委員会」の資料では、電力需給逼迫の要因として、①寒波による需要急増②太陽光発電量の減少③LNG燃料在庫の払底を挙げている。その結果として、スポット市場システム価格が高騰を続けた、という分析は正しいと思う。が、今冬の逼迫が、例えば欧州市場における価格スパイクと本質的に異なるのは、高値張り付きが約2週間にわたり継続したことだ。(図参照)これは、今回の問題が(一般的な逼迫要因である)キロワット不足ではなくアワー不足にあることの証左である。実は、アワー不足と言うのは、自身の30年以上の電気事業の経験でも記憶に薄かった。唯一の事例が東日本大震災だった。が、残念ながらここ数年は散見される。例えば、電源イチダッシュのDR(デマンドレスポンス)発動パターンで考えてみる。2018年1月の初発動の際は、5日連続8回の発動パターンだった。これは月曜日から金曜日まで毎日の需要を3時間から6時間抑えて頂いたことになる。キロワット不足ならば、欧州のように週1~2回の数時間で収まるはずだ。が、今冬の発動も2週にわたり8日連続だった。この含意は、単にピーク電源不足、つまりキロワット不足ではなく、面積であるアワー不足が顕在化していることに他ならない。

【2021年1月19日第29回 電力・ガス基本政策小委員会「スポット市場価格の動向について」より抜粋】

エネルギーセキュリティが一丁目一番地

何故、斯様な事態が起こるのか。上述三つの理由はその通りとして、根本的な部分を欧州との比較で考えたい。第一はエネルギーセキュリティの捉え方である。日本は中国大陸や朝鮮半島とは系統連系していない上、東西では周波数も異なる極めて特殊な市場構造になっている。その上で、福島第一原子力発電所事故を契機に原子力再稼働は極めて難しい状況だ。一方で欧州の場合、国際連系線は複雑に張り巡らされ、その中で6億キロワット強の需要をバランスさせている。一昨年の冬、ドイツ・オーストリア国境付近の風力発電の予測誤差が想定以上に振れたため、周波数の逸脱が生じたが、最終的にはフランスの需要抑制で危機を回避した。つまり、一国毎の需給調整というよりも欧州全体でバランスさせている。欧州を国毎に見ていると全体が俯瞰出来ない理由はここにある。フランスは原子力が70%以上を占め、圧倒的な「ベースロード王国」ではあるが、調整力に該当する火力はモノの数ではない。その分は自国DRとドイツの火力発電輸入で埋めている。ドイツはその逆である。ベースロードの一定量はフランス原子力からの輸入で賄う。

そんな欧州でも天然ガスは備蓄している。地政学的に常にロシアを意識せざるを得ないからだ。フランスではガス最大手Engieの子会社であるStorengyが専業としており、約3か月分は岩塩ドームに備蓄されている。ドイツに至っては約9か月分だ。先日、我が社の経営会議の席上、ドイツのカントリーマネージャーから「日本は島国だからもっと備蓄しているのでしょ?」と問われ、「日本には(ガス備蓄に適した)岩塩ドームがない」と答えるしか術がなかった。エネルギー政策の一丁目一番地であるセキュリティーの問題を、中長期的視点で再構築する時だと感じる。

日欧、BGBRPの違い

第二にはBG(Balancing Group)の考え方である。一般的には発電事業者BGと小売事業者BGがあるが、ここでは後者に限って考えたい。小売事業者BGは需要BGであり、30分同時同量の下で需要計画値と実績値に差異が生じないように電源を調達する責務がある。欧州でも同様の概念であり、それはBRP(Balancing Responsible Party)と表現している。筆者はここにニュアンスの相違を感じざるを得ない。それはresponsibleという言葉の有無だ。いわゆる「責任」だが、これは同時同量を達成する責任に他ならない。つまり、欧州のBRPには、明示的にその思想が表現されており、仮に達成できなかった場合には高額のインバランスペナルティを課す、ということだ。再エネが市場に大量導入され、時にはネガティブプライス(市場にて需要家にお金を支払った上で余剰電力を引き取ってもらうこと)を付けることも多い欧州では、市場取引上の権利と義務が明確だ。日本の市場でも同時同量を達成すべきresponsibleが、少なくともBGの概念には内包されるべきだったと思う。そこが曖昧なのは残念だ。もっとも、敢えて弁護すれば、当初のインバランス料金は、30分単位の実同時同量を前提に逸脱が3%以下であれば問題は無かった。つまり、3%まではインバランスを許容し、その3%分を含めた最終的な「しわ取り」は一般送配電事業者に委ねていたため、responsibleという表現は避けたとも考えられる。いずれにしても、BGには欧州のBRP同様に同時同量の責任は課されていると認識すべきであり、インバランス回避に最善を尽くすことは言うまでもない。

情報公開の重要性

ここまでセキュリティーとBGの視点で、今回の需給ひっ迫を紐解いたが、それに対する中長期的な考察を示したい。第一が電力供給構造の脆弱性にどのように対処すべきか、と言う点だ。忘れるべきではない基軸はベースロード電源の重要性である。原子力再稼働が進まない状況下で、如何に担保すべきか。欧州では、縦横無尽にパイプライン網がある、大陸間連系線がある、それでも天然ガスを備蓄している、というのは一つの示唆ではある。国家として、十年単位で取り組むべき問題だと思う。第二の視点が、市場はvolatile、良い時も悪い時もあることを再認識することだ。しかも、扱う財は需要に対する価格弾力性の低い電気と言う公共財である。つまり、様々な視点で市場をモニター出来る情報公開が重要になる。欧州ではLNG備蓄も含めた関連情報は当たり前に公開されている。その一方で、LNG売買契約には売主・買主双方に機密保持規定が設けられているため、当該情報を公開することは困難、と言う、ある意味で当たり前の法解釈もある…が、市場を監視出来る目が二重にも三重にもなければ、正確な市場運営は出来ないと考えるべきだ。情報公開の要諦は市場のシステムを守るためだ。電力の場合、それは系統運用を崩壊させないことと同義なのである。以上、中長期的視点を示したが、次回は短期的な方策をお示ししたい。

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