第三次世界大戦にも例えられる新型コロナウイルス感染症の拡大。社会が大きな転換点を迎えつつあることは確実であり、エネルギー・環境問題に関する政策や事業環境がどう動くのか全く不透明な状況になっています。現時点で明確な見通しを示すことは不可能ですが、状況を整理し、あり得るシナリオを考えておくことが必要です。既に多くの方が“ビヨンド・コロナ”を議論し始めていますが、エネルギー・環境問題の今後について、エネルギー・アナリストの大場紀章さんと議論しました。 「原油価格マイナスの衝撃」の続編です!
【石油・天然ガス市場は今後どう動くか】
竹内:5月中旬に物理的な在庫キャパシティーが限界を迎えるということですので、短期的にはまた一波乱、二波乱あるかもしれませんね。今後の需要の見通しですが、これはコロナによって経済を止めざるを得ない状況がどれくらい継続するかによるのでとても難しいとは思いますが、占う上での要素として何を考えるべきでしょうか。
大場:原油需要が約30%減少した内訳ですが、ガソリン消費の減少が著しいんです。現時点で統計が出ているのは米国だけなのですが、ガソリン消費が約50%減少しています。原因は自家用車利用が極端に減ったということです。欧州はそもそもディーゼル車が主流ですので、ディーゼルの消費量が減っているはずです。人々の移動の量が回復するのかどうか。
見方は二分されていて IEA(国際エネルギー機関)の今月末のマンスリーレポート( Oil Market Report – April 2020)だと、2020年末に需要はほぼ回復していると予想していますが、モルガンスタンレーの予想では2021年末までは戻らないとされています。石油産業の関係者は年内にV字回復するという見立てが多いですかね。期待を込めた見通しなのかもしれません。
一方、天然ガス市場は石油に比べると大きな混乱は今の所ありません。確かに自動車の利用は大幅に減りましたが、電力の消費はそこまで大きく減っていないことが原因と考えられます。家に居ても電気は使いますからね。工場の稼働停止などで、産業用電力需要はある程度は減っていると思われますが、全体の電力需要に与えている影響は、国にもよりますが数%から大きくても10%程度のようです。
竹内:そうですね。コロナウイルス感染症の「収束までの期間は標準シナリオで『3年から5年』」とする報道もあるので、経済停滞がどれほど長期化するのかもわかりませんし、収束したからと言ってもとのライフスタイルに戻るかどうかもわかりませんよね。経済活動が停滞したプラスの副作用として、大気汚染が改善したという報告が多く挙がっています。
NASAによれば、2020年3月の二酸化窒素レベルは、ワシントンDCからボストンまでの地域全体で、2015-19年の3月平均と比較して、約30%低下したそうです。全土でロックダウンを行っているインドでは、北部のパンジャブ州から200㌔離れたヒマラヤが見えるようになったことや、デリーのPM2.5濃度が昨年より60%低下したという報道もあります。
コロナウイルスによる致死率と大気汚染の間にも関係がありそうだという論文も出てきているそうですし、リモート・ワークなど働き方改革も進みました。
「元の暮らし」には戻らないという選択が強まるかもしれませんよね。
大場:CO2も減少していますね。ただ、多分皆さんが思っているほどではない。石油需要が3割減少したらどれくらいCO2が削減できるかざっくりと計算すると、世界の一次エネルギー消費量の34%が石油なんですね。その3割減なので、一次エネルギー消費量の約10%減というところです。なので石油需要が3割減ったからCO2の削減量が30%とかになる訳では無いんです。例えば、日本のガソリン消費が半分になったとしたら、その分のCO2は日本の排出量全体の10%の減少に相当するというのがだいたいの規模感なんですよ。
竹内:そうなんですよね。ちょうど出たIEAのGlobal Energy Review 2020によれば、エネルギー起源のCO2排出量は2020年8%、約2.6ギガトン減少すると予想されています。これは過去最大の削減量で、世界金融危機の2009年当時で0.4Gtの6倍、第二次世界大戦後の削減量の合計の2倍だと。ただ、多分皆さんのイメージとしては80%、少なくとも50%くらい減っているというイメージだったのではないかと思うんですよね。でも実はCO2としてはそれほど減っていないわけですよね。
実はUNEP(国連環境計画)の試算では、1.5℃目標達成のためには年率7.6%の削減が必要とされていたので、この勢いでの削減を2030年まで続けるということになる訳です。
【雇用喪失で5年後の供給危機の懸念】
大場:いやー、それも現実的とは思えませんね。石油や天然ガスなど化石燃料関連産業がどうなるかは、ライフスタイルの変化によるところも大きいので何とも言えません。ただ、石油産業の雇用が維持できなくなるという影響は定量的に把握し、考慮されるべき問題だと思います。石油産業だけ5000万人が失職するという試算もあります。 自動車産業は関連産業も含めると世界全体でおよそ3000万人の雇用を支えていますが、新型コロナの影響で自動車販売台数が急減し、工場の稼働が落ちています。日本の経済を支える自動車産業の行方も心配です。
石油産業は日本以外の国が担っていて、要は首切りが早いんです。特に掘削業は早い。石油会社というとエクソンモービルやシェルなどのオイルメジャーをイメージする人が多いと思いますが、実は油田開発を行う場合、オイルメジャーの下に専門の掘削エンジニアリング会社がいて、彼らがその技術を担っています。新規開発案件が無いと彼らはすぐ干上がってしまいます。需要は3割減かもしれませんが、新規投資が無くなるということは、掘削会社にしてみれば仕事が100%減になるようなものなんです。大手の掘削会社としては、SchlumbergerやHalliburtonといった名前が上がりますが、専門性の高い職人が大量に首切りになるでしょう。一部は中東など他の地域に流れるでしょうが、全部は吸収できませんので、トラック運転手に転身したりセールスマンになったりと他の職種に就く人が多く出るでしょう。そうなると、需要が戻ってきて新規開発のニーズができたとしても対応する技術の担い手が足りないということになります。
大型の石油投資は影響が出るのはだいたい5年後なんですね。今年計画されていた開発案件がとん挫すると、2025年くらいに空白地帯が発生して、供給リスクが懸念されます。産業としてここまで大きな振れ幅を経験したことが無いので、正直どのような影響が出るかはわかりませんが、5年後に投資不足と人材不足で供給側が対応できなくなるということが一番心配されることだと思います。だからこそ人を確保しておくという考え方もあれば、需要を戻さなければいいという考え方ももちろんあり得ます。先ほどおっしゃった、リモート・ワークやEV化などで対応できる部分もあるでしょう。石油産業のために社会が存在している訳ではないので、それは社会の選択ですが、リスクとしては認識しておく必要があると思っています。
竹内:私も常々、エネルギー生産は極めて現場が重要であり、人材・技術の喪失は命取りだと思っていますが、徐々に失われるし定量化が難しいこともあって、なかなか対策が講じられることもないですよね。その視点は重要だと思います。自動車産業が影響を受けるとなると、日本経済への影響も心配ですしね。
大場:本当にそうですね。日本の基幹産業ですからね。実は、原油価格が下がるとガソリン価格も下がるので喜んでいる人もいるんですが、原油価格が下がるとS&Pと連動して、米国の株価も下がり、共連れで日本の株価も下がるんですよ。何が社会の成長ドライバーになるのかといったところもあわせて考えなければなりませんね。
竹内:本当ですね。まず、「石油価格マイナスの衝撃」はここまでということにして、この次には再生可能エネルギーの見通し、さらにそのあとはモビリティの未来についてお話していきたいと思います。まだまだお話は尽きませんが、かなり盛りだくさんになりましたので、一旦ここで(笑)。ありがとうございました。