特別企画

この冬の電力需給のひっ迫と電力市場価格の高騰について 第2回 市場構造、市場制度に関する指摘

戸田 直樹:U3イノベーションズ アドバイザー
      東京電力ホールディングス株式会社 経営技術戦略研究所

今回起こった事象について、市場構造の問題であるとか、市場制度が不備であると言った指摘が、再エネTF周辺からなされている。これについて愚見を述べる。

【はじめに 市場構造の問題とは】

市場構造についての指摘として、以下の2つのコメントを取りあげる。

一つ目は、2月3日の再エネTFにおける川本委員の発言を報じている日経エネルギーNextの記事(中西(2021))から引用する。

『タスクフォースは売り入札不足による玉切れが高騰の最大の要因と分析している。メンバーの川本明・慶応大学教授は高騰の真相究明を求めるに当たって「本来、市場は売りと買いの真剣勝負の場。売りと買いを内部で相殺できる発販一体の大手電力が、痛みを感じることなく大量の999円買いを行っていたとしたら健全な市場とは言えない。売り入札だけでなく、買い入札の背景や影響についても徹底的に調査すべきだ」と訴えた。』

二つ目は、TF委員の原氏による論考(原(2021))からの引用である。

『電力自由化はなされたが、今も発電市場は大手電力が8割を占め、発電と小売は同一会社で運営されている(東京電力と中部電力では別会社だが同一ホールディングス内)。このため、異常な高価格になっても、大手電力内では損得が相殺されるが、小売部門のみの新電力には多大な損失が生じる構造だ。』

【高値買戻しの背景は供給能力確保義務である】

まず、川本委員が言及している「大量の999円買い」は大手電力がグロス・ビディングを行っていることによる。グロス・ビディングの目的等については、別途の資料(経済産業省(2018))を参照いただくとして、999円/kWhの高値買戻しはグロス・ビディング導入当初から予定されていて、その目的は電気事業法第2条の12に定める供給能力確保義務を果たすためである。

電気事業法第2条の12 小売電気事業者は、正当な理由がある場合を除き、その小売供給の相手方の電気の需要に応ずるために必要な供給能力を確保しなければならない。

 2  経済産業大臣は、小売電気事業者がその小売供給の相手方の電気の需要に応ずるために必要な供給能力を確保していないため、電気の使用者の利益を阻害し、又は阻害するおそれがあると認めるときは、小売電気事業者に対し、当該電気の需要に応ずるために必要な供給能力の確保その他の必要な措置をとるべきことを命ずることができる。

【前日スポット市場への依存はそもそもリスクが高い】

そしてJEPXの創設を答申した2003年の電気事業分科会答申(経済産業省(2003))には、次のような記載がある。

「電気の特性を考えれば、事業者による電源の調達は、引き続き自己保有又は長期相対契約によるものが中心と考えられるが、上記のとおり、卸電力取引市場の整備は、これらを補完するものである。(P4)」

今回、電気の調達を前日のスポット市場に大きく依存していた一部新電力が、大きなダメージを受けたわけであるが、需要の価格弾力性が低い電気の調達を、前日の市場に大きく依存するビジネスは、本来リスクが高いものだ。大手電力が発販一体の体制をとっているのは、「(電源の)自己保有又は長期相対契約によるものが中心」という上記の答申の内容を実践しているにほかならない。こうした形で前日の市場に過度に依存するリスクを回避しているので、痛みが緩和されるのは当然である。しかも、それは別途費用を負担してリスクを回避しているものであるので、これが不健全と批判される理由が分からない。

【何が真剣勝負なのか?】

川本氏は、「真剣勝負」という言葉を使っている。これは前日スポット市場における取引を指しているものと理解するが、電気を調達できるかできないかを前日スポット市場で真剣勝負をして買い負けたら、電気事業法第2条の12は履行できない。履行できなくても送配電事業者がインバランス供給によりカバーする制度にはなっているものの、真剣勝負の敗者があまりに多くなれば、送配電事業者がカバーしきれなくなり、関係ない人を巻き込んで部分的な停電になる。これを真剣勝負と呼ぶのは筆者には抵抗感が強い。むしろ、真剣勝負をするなら電源の自己保有、長期相対契約あるいは金融的なツールでもよい、それらに相応の費用を支払って、前日スポット市場のリスクとの無謀な勝負を回避すべきなのだ。

それでもあえて真剣勝負と呼ぶのであれば、買い負けた時に関係ない人を巻き込まないような準備をしておくべきだろう。つまり、自ら調達する電気の機会費用を理解したうえで買い入札をし、機会費用以下の需要は自己責任で遮断できるくらいの対策を講じての参加なら真剣勝負と呼ぶに値するだろう。

【資金繰り支援以上の支援は必要か?】

なお、電気の調達手段としての前日スポット市場と長期相対契約は、金融の世界でいう変動金利と固定金利に似たところがある。この年末年始では変動金利を選択していた小売事業者が大きく損失を被ったことになるが、もう少し長いスパンで見ることも必要だ。

図1は2月17日の電力・ガス基本政策小委員会の事務局資料からの抜粋であるが、2019年度は大手発電事業者の発電コストが平均10.3円/kWhであったのに対して、前日スポット市場の平均価格は7.9円/kWhであり、前日スポット市場に依存した方が、2.4円/kWh安い結果であった。

図1 電力・ガス基本政策小委員会の事務局資料(2月17日)からの抜粋
出所:経済産業省(2021)

表1は2020年度におけるJEPXの価格指標DA-24の単純月平均の推移である。年度前半は緊急事態宣言の発令もあって前日スポット市場価格は非常に低い水準で推移している。4月から11月の市場価格の平均は5.3円/kWhと変動金利を選択した小売事業者が大きく勝っていた状況だ。これが年末年始で暗転したわけであるが、それでも年度初頭から2月17日までの平均価格は11.8円/kWhである。

4月
5月
6月
7月
8月
9月
10月
DA-24月平均5.24.25.04.37.06.35.0
11月
12月
1月
2月
年度
平均
DA-24月平均5.613.963.17.511.8
表1 2020年度のJEPX DA-24の単純月平均の推移(単位は円/kWh、2月は2/17迄、年度平均も2/17迄の数値)
出所:JEPXの情報を基に筆者作成

大手発電事業者の発電コストが前年並みであったとすると、2020年度は前日スポット市場価格の方が割高であったことになるものの1.5円/kWh程度の差であり、いわば前年度の貯金がまだ残ることになる。年末年始の市場高騰に伴う資金繰りの支援は行うにせよ(これについては、経済産業省は既に実施を表明している)、それ以上の小売電気事業者への支援が正当化される状況とは筆者には思われない[1]

【市場制度の問題とは】

続いて、市場制度に関する指摘である。以下の原氏(原(2021))によるものを引用する。

『問題は、そうした市場構造にもかかわらず、市場機能を守るための制度設計が全く足りていなかったことだ。情報開示は不十分で、大手電力内の取引やLNG在庫などの情報もブラックボックス状態。価格乱高下に対応する仕組みも整備されていなかった。「市場設計の欠陥」が異常事態の根源だったことは明らかだ。』

情報開示が不十分とされている内容については、そもそも今回の事象との因果関係が示されていないので、理解できる範囲でコメントする。まず大手電力内の取引については、支配的事業者といえども相対契約の内容をオープンにすることは競争市場である以上困難と考えられる。

また、LNG在庫の情報は、燃料調達交渉に影響するので少なくとも個社の情報を開示することはあり得ないと考えられる。したがって、もし開示するのであれば個社が特定されない全国計などをリアルタイムに近いタイミングで開示することになると思われるが、それにしても日本全体の燃料購買力あるいは安全保障に影響が懸念されることである。例えば、今回の事象を受けて経済産業省は、年末年始の電力会社所有のLNG在庫の推移を公開し、1月10日ごろにLNG在庫が約100万トンまで減少していたことを示したが、このデータがリアルタイムで開示されるということは、このタイミングで日本の近海を封鎖したら5日でブラックアウトに至ることを国内外に示すことだ。そのようなリスクを負ってまで開示する価値があるのかは慎重に判断すべきと考える[2]。在庫不足などの状況が生じれば、通常はJKMスポットのような市場が反応するはずのもので、これ以上の情報が本当に必要なのかどうか、まずは説明が欲しいところである。

【価格乱高下は再エネTFの主張の前提では?】

「価格乱高下に対応する仕組み」とは、株式市場などとのアナロジーでお考えと想像するが、電力市場の経済学では、むしろ価格の乱高下によって設備投資が誘発されると説いている。再エネFTが容量市場の対案として掲げている「前日スポット市場での価格スパイクを許容することで、発電設備の固定費の回収は可能」は、まさにこの考え方に立っているものであり、その主張との整合性は問われるべきであろう。


[1] 需要家が「市場連動型メニュー」を選択していた場合は、市場価格上昇の影響を受けるのは小売電気事業者ではなく需要家である。そのような需要家は事業者向け46万軒、消費者向け20万軒、合計66万軒とされる。これは日本全体の電力小売契約8,800万軒の0.75%、消費者向け契約6,700万軒の0.3%にあたる。

[2] 経済産業省、電力広域的運営推進機関、一般送配電事業者など限られた関係者が共有することはあり得ると考える。


参考文献

中西清隆(2021)『「高騰の原因は市場設計の不備」 規制改革相チームが卸電力市場改革を提言』日経エネルギーNext記事

原英史(2021)『「電力市場大混乱」の先にある知られざる日本の危機 内閣府再エネ規制総点検タスクフォース「緊急提言」を基に

経済産業省(2018)『第28回 制度設計専門会合事務局提出資料~グロス・ビディングの今後の進め方について~

経済産業省(2003)『総合資源エネルギー調査会電気事業分科会報告「今後の望ましい電気事業制度の骨格について」

経済産業省(2021)『今冬の電力スポット市場価格高騰に係る検証について』第30回 総合資源エネルギー調査会 電力・ガス事業分科会 電力・ガス基本政策小委員会 資料8

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