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失われたバッファーの回復が急務

公益事業学会 政策研究会会員 阪本周一

(電気新聞 2022年6月24日版 3面掲載記事を転載、補足のための追記あり)

 電力需給逼迫は2020年末に顕在化して以降、修復の兆しがない。23年1、2月の東京エリアでは、周波数変換設備(FC)マージン開放、試運転電力などを加味してもマイナス予備率となっている。公益事業学会政策研究会会員の阪本周一氏は、電力システム改革の中で失われた「バッファー機能」の回復が急務だと訴える。

 2020年末以降、電力需給逼迫が顕在化し、落ち着く兆しが見えないまま推移している。23年1、2月の東京電力エリアでは、当てにするべきではないFCマージン開放(東西周波数変換所の余力は緊急時に限定して活用するのが定跡)、試運転電力(試運転である以上、出力ゼロになることもありえる)を折り込んでもマイナス予備率となっている。九電力体制になって以降、マイナス予備率が計画時点で想定されたことがあったのか私は詳細には承知していないが、22年度需給逼迫予想は「停電しそうです」と告白しているようなものであり、早急な手当てが必要である。

状況改善を目指して資源エネルギー庁が開催する『電力・ガス基本政策小委員会』は5月27日にkW公募、kWh公募、地元理解を前提にした原子力活用等の「供給対策」、節電要請の手法の高度化やDR拡大、電力使用制限令・計画停電等の「需要対策」、容量市場の運用、脱炭素電源等への新規投資促進策の具体化等の「構造対策」を打ち出した。

『卸電力市場、需給調整市場及び需給運用の在り方勉強会』でも燃料調達や市場約定方法について議論が行われている。

対策が効果を発揮するためには、そもそも需給逼迫の背景、原因の正しい認識が不可欠である。燃料調達、国内安定電源減少、再エネ大量導入、需要構造変容といった各要因が現在の状況にどれくらい寄与しているのかを踏まえないと、費用対効果のよい対策は出てこない。

 私は燃料業務に一定の経験を有する人間だが、現下の需給逼迫は、国内に発電用のタネになるカロリー確保を軽視する運用思想に原因があると考えている。「変動再エネを系統に最大限注入したい、需給ギャップは安定電源である火力や揚水が頑張るから大丈夫だろう」という思考でここまで制度検討、実装がなされてきたところ、並行して計画外事象に備える「守備用インフラ」への認識が十分ではなかったのではないか。

守備用インフラとは何か? 発電のタネとなるカロリーを発電所手前まで契約、輸送(フロー)、貯蔵(ストック)するインフラ、さらに需給ギャップのバランス調整能力をいい、火力燃料、原子燃料であれば、燃料調達・輸送契約、輸送手段、貯蔵手段、さらに発電所で需給ギャップに応じて数量調整する能力を意味する。揚水であれば、汲み上げ、貯まった水量を、蓄電池であれば系統もしくは変動再エネ発電電力から充電し需給ギャップに応じて発電する設備、プロセスが該当する。一連のプロセスをまとめて「バッファー」、発電用カロリーとして国内に貯留するまでのプロセスを特に「ストック」と呼称する。

 kW不足(発電能力)だけではなく、連続する需給ギャップを埋めるために必要なkWhを供給するバッファーの減少により、天候不順、国際情勢の緊迫、主力発電機トラブル停止等への耐性が失われたのである。kWh価値という言葉があり、エネルギーとしての価値を示すとされるが、電力インフラ運営の観点でいえば、「長期間」シームレスに充足できる価値と解するべきである。今の状況はバッファーの減少によるkWh価値の枯渇の表面化であるとみる。必要なバッファーの再定義、バッファーに関わる契約、インフラ維持、要員確保に必要な資金が実際にプロセスに関わる事業者に行き渡るシステムを再構築しない限りは、来年度以降の一定量の安定電源稼働、24年度以降の容量市場導入により発電事業者に課せられるリクワイアメントがあっても、電力需給逼迫懸念は残存すると考える。

従来、アデカシー、ミッシングマネーの観点からの稼働率の低い電源の維持については、電中研の方々山本さん、戸田さん等様々な論考があったが、これらは当該電源への燃料供給が追随する前提でなされていた。容量市場の制度設計でも同様であった。実際は多くの火力電源の退出、稼働率低下に伴い、周辺燃料インフラや調達契約も同様に失われつつあることを踏まえ、状況を再検討すべき頃合いである。

 電力システム改革後に失われたバッファーは主として石油火力だ。今から30年前、当時の東京電力は概算1100万kWの石油火力を擁し、計画段階では30%の稼働率を設定していた。1993年は歴史的な冷夏となり極度の低需要となったが、石油火力の稼働抑制で発電量を下げて対応した。翌年は猛暑、高需要となったが、焚き増しで対応できた。往時の石油系電力燃料の国内在庫は180日分あり、ざっくりいえば200万kWの下方弾力性とともに600万kWの上方弾力性、電力ストック換算で270億kWh相当のバッファーがあった。高コストと批判されつつも、2000年以降の再三に渡る原子力停止時にもこのバッファーは機能し、安定供給に貢献したと総括できる。

しかし、2012年以降、システム改革に伴うコスト削減のかけ声の中でほぼ石油火力は消えた。原子力、石炭はベースロードであるためバッファーの役目はなかなか果たせないにしても国内電力ストックとしては存在していた。LNGはどの時代でも国内貯蔵量は2週間程度に留まるため国内ストック機能は上記三電源には劣るが、長期燃料契約・輸送手段の確保により補完ができていた。石油危機後、エネルギー政策ではベストミックス、バリューチェーンの確保を重視して、原子力と火力3燃料のバランスに配慮していたところ、この10年は等閑視されてきた。20年末の電力需給逼迫以降、国際電力連系がないこと、国際ガスパイプライン網との連系がないこと、欧米で見られるような天然ガスの大型貯蔵設備がないここと、エリア間連系線の容量が不足していることなど、日本のエネルギーマクロ構造の脆弱性が再認識されつつあるが、エリア間連系線強化以外の課題意識はエネルギー政策検討に際し、取り込まれていない。

 顧みて東日本大震災/システム改革以降、原子力のストック能力は活用されずに推移し、石炭火力はフェードアウトの方向であるため国内貯炭場増加の見込みはなく、石油系燃料の物流は維持されず、LNG長期契約比率は減少中といった一連の安定電源周辺の状況を踏まえてどのようにバッファーを構築するのか、どの程度の量をカーボンニュートラルに向けて日本は持つべきか、定量認識が必要だと私は思う。

※EUのガス貯蔵能力は民生用ガス分も含めて1100TWh、800億m3、総需要の17%程度という評価を文献で確認している。日本のLNGとは水準が全く違う。同じように変動再エネ中心のエネルギーミックスを目指すには、日本は基礎体力がなさすぎる。

 この点を基本認識とした上で、小委の対策案への私の評価を効果、費用、手間の観点から申し上げたい。

間違いなく有効なのは電力使用制限令、計画停電である。震災直後の2011年とは違い平時のはずの2022年にこれらの策が議論されること自体、電力システム改革がもたらした安定供給能力の喪失を示している。需要側の咎でない供給力不足の解を、需要側の負担に求める発想であるし、節電、停電に伴う社会コストは大きい。定量評価をすれば、この段階では電力予備率が枯渇している=インバランス単価は上限をヒットしていると解されるので200円/kWh相当とみてよいだろう。

kW公募、DRも有力策として取り上げられているのだが、2020年末以降の状況はkWをかき集めても是正されない。DRについては「売り切れが発生するとしても、小売電気事業者がDRなどの根拠に基づく合理的な買い価格で応札する限り、市場価格は合理的に形成されることになる」といった記述が審議会資料では頻繁にみられるのだが、以下の理由で過度の期待はできないと認識している。

  • 現時点でのDRは単純節電か自家発稼働によるしかない。前者の場合、契約電力kWの5%削減を1日の内で3時間削減するくらいがせいぜいであり、連続発動は需要側の受忍力をすり減らしていく。23年1、2月のような状況の対策としては力不足である。
  • 昨年冬に発動された自家発稼働・系統需要削減DRは建物内に自家発を保有している需要場所に限定されたアクションであり、稼働時には温室効果ガス排出が増加することになる。こうした設備への依存を続けることはカーボンニュートラルを進める妨げになる。
  • DRに伴い需要家に報奨金を渡す必要があるが、参照単価は予備率8%時のインバランス単価45円/kWhとなる。小売電気事業者はこれに加え売上減、システム費用、追加要員費用を自前で負担する。好況期でも粗利1円、2円を稼ぐのに汲々としているのに、これだけの費用をなぜ負担しなければならないのか。小売目線では今の需給逼迫は小売の咎ではなく、顧客への費用転嫁も難しい。kWh公募の対象となっているLNG追加調達では18円/kWh程度の単価を想定している。費用対効果でDRは劣る。
  • 小売の需要家の相当数の獲得に際しては代理店が関与している。これらの系列の顧客向けのDRは代理店手数料の見直しを伴う。代理店系顧客への働き掛けはできないわけではないが、動きはよろしくない。
  • 商業ビルの場合、建物所有者、管理者、店子で利害が異なり、円滑な実施ができる場所は多いとはいえない。報奨金配分については需要側でも調整が必要だろう。
  • 現時点ではDRに使える蓄電池、EVは潤沢には程遠い、先々でもバッファーとして前述の石油火力並みの底の深さは予想されていない。『DSR・DERのポテンシャル推計の進捗のご報告』(2022年1月19日ERAB)によれば2030年段階でも蓄電池、EVのポテンシャルは累積で家庭用22GWh、業務産業用は2.4GWhに留まる。連続的な悪天候/PV不稼働時への需給を支えるには量的不足が続く。安定電源周りのインフラ代替を蓄電池、EVに託すのであれば、相当な補助金等による普及拡大が必須ではないか。その単価が国民負担として妥当かどうか要検証ではある。

 小売電気事業者も今後のPV増加等を見据えてDR、一体化したダイナミックプライシングには取り組むが、20年度以降の市場高騰で疲弊しているところで、今すぐにDRを手金でやりなさい、といわれても苦しい、効果も限定的だし・・・となる。せめて容量市場等他からの収益の裏付けが欲しいところだ。将来、DRを需給調整の軸に据えようという意向が政策当局にあるのであれば、量的増加に向かいたくなるだけのインセンティブが必要だろう。

kWh公募はアワーのタネとなる燃料調達を包含した概念であり、有効な対策となりうる。所要費用水準も前述のように低い。ただ、今の検討ラインはLNG船2隻である。予備率がマイナスであることを踏まえれば、いかにも焼け石に水だ。焚口がそもそもなくなっているのか(であれば詰んでいる)、変動再エネが順調に稼働した際の燃料余剰、差損を懸念しているのか、炭素系電源の追加稼働の発想は世論受けが悪いと懸念しているのか、対策を小出しにしている背景が良く分からない。

脱ロシアに伴うEU諸国も交えたLNG国際調達商戦で買い負けないためには、量と期間のコミット-すなわちターム契約-が不可欠であり、2隻程度のスポット調達を生産者に打診したところで優先的に割り当てがあるのか心許ない。小売電気事業者の電力調達コミットがあれば発電事業者も燃料確保に動けるとの認識が勉強会等で示されているが、今の疲弊した小売りにそれだけの与信がある事業者は少なく、また、リスクも取り切れない、仮に取れたとして日本の所要燃料が持ち込まれてもただ乗り小売りが発生し、費用負担と便益享受のバランスが悪い。与信の定かな送配電が受け皿になっての一定量確保が望ましい。LNG在庫量のモニタリングが行われているが、前述のように国内在庫能力は2週間分しかない。配船が何らかのトラブルで1回飛べば、在庫は忽ち減少する。すり減ったバッファーの代わりに当面は厚めの調達に励むしかないのである。他方、LNGのタンクの容量が埋まってしまう状況もありえる。調達者には滞船料、受入不能・転配時の逆ザヤ等のリスクが残る。再エネ大量導入に伴い、再エネ稼働好調時の下方弾力性、不調時の上方弾力性をLNGで調整させたいのであれば、この辺りの費用をカバーする制度を担保する必要もあることを指摘したい。

原子力再稼働は安定的なkW、kWhの積み増しになる。柏崎6、7号が再稼働するだけで東電エリアのこの冬の予備率はプラスに転じる。ただ再稼働促進のために特段の措置を講じる動きは鈍い。なお、原子力自体は負荷調整運転をしない限り、再エネ変動の受け皿にはならない点は、今後の電力運用のありようを検討する際には留意を要する。

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再エネを優先するために火力発電に稼働抑制等の犠牲を強いてきた結果、安定電源の退出が進んだという認識は披露されている。ただし退出が進んだのは電源だけではなく周辺物流や燃料調達も同様であることを再度念押ししたい。安定電源は発電所単体ではなく周辺インフラと相まって、ストック、バッファーとして機能できる。容量市場は発電所費用しかケアしておらず、既にオークションが終わった24、25年度分の落札電源の周辺物流、燃料確保状況は審査されていない。容量契約では、安定電源は需給逼迫時に不稼働であれば通常の5倍カウントのペナルティカウントとなるが、ペナルティの累積が180日分を越えない限りは手元に容量収入は残る。従って、発電者は容量収入、稼働時の収益とペナルティ、燃料調達・物流維持費用を比較して、稼働のありようを判断するだろう。あるいは燃料価格が高すぎるのであれば幾分かのペナルティ支払いもやむなし、という判断になりえる。また通常時であれば、発電事業者は燃料制約時には容量義務量減少を申し出ることもできる。今、懸念されている需給逼迫の総時間数は想定困難であり、燃料確保が追随できない懸念がある。現行の容量市場は需給逼迫時間が長期化する可能性があること、燃料調達に問題が生じること、周辺インフラが劣化していることを意識した設計がなされていないため、制度運用開始後への懸念を残すのである。

将来に向けて、水素、アンモニア、CCUSへの期待が語られるが、発電所単体費用のみをケアする容量市場の設計ではこれらの新電源種の投資意欲は出にくい。限界費用ベースの系統アクセス、ノンファームアクセスルールが所与であれば、発電所の稼働時間が読めないため、周辺インフラ込みの変動費用回収の見込みは立たない。これらの電源に国内ストック機能を託したいのであれば、再エネ(特に変動再エネ)最優先を闇雲に叫ぶのではなく、S+3Eを踏まえた必要調整シロを先取りした後に、変動再エネ導入量設定という順序にしないと、需給バランス破綻リスクが結局は残ってしまう。特に難しい話をしているつもりはない。守り(バッファー)を固めてから攻撃(カーボンニュートラル追求)に出ましょう、そもそもストック確保は日本の伝統的なエネルギー思想だったはず、ということを申し上げているに過ぎない。この発想をベースにしないと、市場約定ルール、系統アクセスルール等をいくら改変しても、需給バランス改善への根本的な解とはなりえない。

(本稿所見は筆者独自のものであり、所属先企業であるENEOS株式会社の見解を代表するものではありません)

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