未分類

あいまいな定義/戦略的予備力とは何か

戸田 直樹:U3イノベーションズ アドバイザー

      東京電力ホールディングス株式会社 経営技術戦略研究所

(電気新聞 2022年7月1日版 3面掲載記事を転載、一部修正、追記あり)

 内閣府の再生可能エネルギー等に関する規制等の総点検タスクフォース(TF)は電力需給逼迫を受けて4月25日に公表した提言の中で、戦略的予備力の活用に言及した。これに対し東京電力ホールディングス経営技術戦略研究所経営戦略調査室チーフエコノミストの戸田直樹氏は、「戦略的予備力」の定義をいま一度明確にすべきだと指摘する。

 ◇◆ … ◆◇

 TFの「2022年3月の福島沖地震による停電や需給逼迫警報を受けた提言」では次のような記載がある。「容量市場は抜本的に見直し、公正な競争環境の整備を優先した上で、それでも供給力不足が生じるならば、限定的な戦略的リザーブ(以下戦略的予備力)に変更すべきである」。しかるに、TFが推す戦略的予備力の定義がはっきりせず、建設的な議論にならないと感じているので、問題提起したい。

 TFは2020年12月に公表した「容量市場に対する意見」で次のように指摘している。「自由化市場において長期的な供給力を確保するために『容量市場』が不可欠というのは、国際的に一致した考え方ではない。電力自由化で先んじる欧米諸国でも、供給力の確保策について多様な意見があり、米国テキサス州やオーストラリアのように、前日スポット市場での価格スパイクを許容することで、発電設備の固定費の回収は可能としている例もある」

 後段部分のアプローチを「エナジーオンリーマーケット(Energy Only Market)」と呼ぶ。需給が逼迫すれば電力市場価格が停電の機会損失相当まで高騰(価格スパイク)して、節電が促されると同時に、必要な供給力への投資が誘導されると考えるもので、理論経済学者が好むことが多い。

 しかし、エナジーオンリーマーケットだけでは、供給力への投資が過小となる。現実の市場が経済理論でいう完全競争市場ではなく不完全な市場だからである。電力市場の不完全さの一例を挙げる。停電の社会的影響は甚大であり、需給逼迫時の需給調整を最後まで市場に委ねることはしない。停電の瀬戸際に至る前に、系統運用者が市場によらない方法(電圧調整、部分的な停電の許容など)で需給調整に介入するため、現実の市場において実現する価格は、停電の機会損失よりも小さくなる。

 戦略的予備力は、系統運用者があらかじめ市場外で確保した供給力を、停電の瀬戸際に至る前に市場に投入するもので、前述の「市場によらない需給調整への介入」の一つである。戦略的予備力を市場に投入する際は、投入価格を非常に高く設定するなど、市場における価格スパイクを妨げない工夫を伴う。それがないと「発電設備の固定費の回収は可能」とはならないからである。

 ◇◆ … ◆◇

 独政府が戦略的予備力の採用を決定した際に公表した白書に次のような記載がある(注1)。

 「戦略的予備力の費用は、利用者負担の原則に沿って請求される。(略)戦略的予備力が発動された場合、需要をカバーできなかった供給者の最低価格は千kWh当たり2万ユーロとなる。これは、当日の電力取引における技術的な最高価格に100%のサーチャージを加えたものに相当する。これにより供給者は、先物契約や顧客との契約によって早期に供給義務をカバーし、戦略的予備力を使用する必要がないようにする明確なインセンティブが得られる」(仮訳)

 つまり、独政府が戦略的予備力発動時の市場投入価格として想定していたのは1kWh当たり20ユーロ(約2,600円)以上で、これは平時の電力市場価格の数百倍の水準である。

 日本では、通常必要とされる予備力は最大需要の8%とされるが、それとは別に10年に1回程度の厳気象への対応を念頭に追加の予備力が3%、一般送配電事業者により確保されている。電源I’と呼ばれるものである。

 電源I’は一般送配電事業者がインバランス供給をする原資として活用されるが、供給を受けた小売電気事業者の負担は1kWh当たり45円程度(注2)であり、価格スパイクを妨げない水準とは程遠い。

 すなわち日本では、戦略的予備力に相当する供給力はすでに一般送配電事業者が確保している。しかし、市場投入価格が「価格スパイクを許容することで、発電設備の固定費の回収は可能」となる水準とは程遠いため、供給力確保方策としては期待できない。従って、容量市場の導入が計画されている。

 さて、戦略的予備力を推しているTFは、市場投入価格を「価格スパイクを妨げない価格」とする意識はあるのだろうか。あるのであれば、電源I’の市場投入価格を大幅に上げるべきという提案と受け止めることができる。その意識がないならば、それは戦略的予備力ではなく、単に「予備力を多めに確保する」と言うべきである。あえて戦略的予備力と呼んでいるなら、日本では電源I’という形で既に導入済みと言える。

(注1)英語では以下の通り

The costs of the use of the capacity reserve will be billed in line with the userpays principle If the capacity reserve is deployed, it will be paid for by the electricity suppliers which were unable to meet their obligations to supply; these suppliers will pay an appropriate percentage of the total costs of the reserve in line with their contribution to the need to deploy the reserve. The billing will take place via the established balancing capacity system. If the reserve is deployed, the minimum price for the suppliers which failed to cover their needs will be euros 20,000/MWh. This equates to the maximum technical price in intraday electricity trading plus a 100 percent surcharge. This gives the suppliers clear incentives to cover their supply obligations at an early stage via futures contracts or agreements with their customers, so that the reserve does not need to be used at all.

出所:ドイツ連邦経済エネルギー省(2016)“White Paper – An Electricity Market for Germany’s Energy Transition”のP78

(注2)2019年度向け電源I’公募における応札時に応札者が設定するkWh価格の上限⾦額の各エリア最⾼価格の全国平均

出所:電力・ガス取引監視等委員会(2019)『2022年度以降のインバランス料⾦の詳細設計等について』第43回 制度設計専⾨会合事務局提出資料5のP30

Opinion & knowledge

記事一覧へ戻る